ふつうの中学生が全国2位になったお話。

Young man jumping and making a fantastic slam dunk playing streetball, basketball. Urban authentic.

こんにちは、中川です。

いま振り返っても
嘘のようなお話なのですが、
良ければ聞いて頂けたらと思います。

どこにでもいる
田舎の中学生チームが
なんと全国大会で2位になったのです。

・・

今から20年以上前。

僕らは白いヘルメットを
かぶって毎朝中学校に通っていました。

田んぼを横目に
行きは学校の制服で、
帰りは練習で着た体操服のままで。

そんな3年間を過ごしていました。

・・

「お前らも春から
小林先生のところでバスケかぁ。。」

入れ替わりで中学を卒業した
3つ上の兄貴が
そう僕らに言ってくれました。

「小林先生」とは
僕らの中学バスケット時代の
恩師です。

かなり厳格な方で
見た目もコワく、
色んな武勇伝を
入る前に諸先輩方から
聞かされていました。

「学校1コワい体育の先生」

「練習が鬼しんどい」

「練習では水が飲めない」

「タラタラしてたら鉄拳制裁・・。」
(当時はそういう時代でした**)

噂はそれだけじゃ
ありませんでした。

「身体能力が高すぎていまだにダンクが出来る!」
 (当時たしか46歳??)

「体が頑丈過ぎて病気をしない」

「ふところにドス(小刀)が刺さった状態で
 不良3人を引きずって帰ってきた・・」

もはや都市伝説レベル・・

そんなうわさが立つぐらい
コワさが半端ない方でした。

「でも絶対バスケが上手くなる!
 丁寧に教えてくれるよ!」

これも
兄貴が言っていました。

今、自分が大人になって、
小林先生のことを
振り返ったとき、

いろいろな意味で
器用な方では
なかったように思います。

どちらかと言うと、

無骨で
不器用で
要領というものに無頓着で
気の利いたことを言うタイプでも
なかったように思います。

ただ、バスケットには
溢れんばかりの情熱を持たれてて

生活の中心は家庭より
おそらくバスケにあって

三度の飯よりバスケット。

まさにそんな勢いで
中学の部活を見ることに
全力を注がれていた方でした。

小林先生の
バスケットへのスタンスは、
効率よく上達できる○○法みたいな
類に走ることは絶対になく、

試験の日であろうと
正月であろうと休むことなく、
僕らのために
丁寧にバスケット指導を
してくださいました。

「バスケットには時間がかかる」

「1日休んだら2日下手になる」

「やから練習せんにゃいけんのじゃ」

「ほー!」

これを口癖のように
常々言われていました。

最後の
「ほー!」は

おそらく

「(あ)ほー!」

の略で、
僕らに喝を入れるときには
いつもこの言葉を使われていました。

小林先生の「ほー!」を聞くだけで
いつも僕らには緊張感が走り、
バスケットのギアが一段も二段も
上がったものです。

バスケットの難しさを
誰よりも理解し、指導に
当たっておられる方でした。

今も覚えている、
小林先生との初対面。

双子の弟和之と並んで
挨拶に行きました。

「これがあの小林先生か・・」

ファーストコンタクトは
コワくてまともに目を見て
話すことが出来ませんでした。

声も若干震えてしまいました。><

噂が先行していたうえに
本当に見た目もコワかったからです。

今の子たちが大人の方を
どのように見ているか、
分かりませんが、

僕らの時代って
”大人”というものに威厳を感じ、
コワいのが当たり前の時代でした。

先生のことがただただコワくて、

風邪を引いても
部活を休みますなんて言えなくて、

お腹が痛くても
トイレに行きますなんて言えなくて、

車に乗り合わせても
何を話していいのか分からなくて、

先生と話した会話の種類なんて
両手があれば足りるぐらい。

「1年はまず体を鍛えぃ」

そう言われて、
僕らの中学バスケット人生は
スタートしました。

練習に初参加して
まず気づいたことは、
ミニバスのそれとは
まったく強度が違うということと

とんでもなく
地味だということです・・。

練習始まって
1時間弱、全くボールに触れることなく、
ひたすら鬼のフットワーク。

楽しいか楽しくないかでいうと、
まったく楽しくない1時間が
毎回の練習始めに始まるのです。

練習と言うよりは稽古。

「土台もできとらんのに
 なにが出来るんか、ほー!」

中学のバスケットでは
構えやフットワークなど、
基礎を徹底的に教わりました。

「上のやつらが
見本にならんでどうするんじゃ!」

小林先生のもとで
鍛えられている上級生の
脚力はモリモリで、

キャプテンの久保田先輩が
サイドキックで
床に肘を突いていたのが
僕ら1年には衝撃でした。

「え、あの姿勢ってできる??・・」

まるで軍隊のようだと思いましたね。

学校が終わって
練習開始が15:20。
そこから19:30まで
毎日4時間練習を行っていました。

のどが乾いたら水を飲もう。
疲れたらちょっと休憩しよう。

そんな空気はまったくなく

練習メニューを
一つ終えたらまた練習。

ノンストップでひたすら
毎日4時間バスケットをしていました。

当時は練習中に
水を飲むことはありませんでした。

二日に1回の外練でも
それは同じでした。

夏とかマジで地獄でした・・(@@)

気合と根性で我慢するしかありません。

トイレに行きたくても
我慢しました。

「先に用を足しとかんか!」

小林先生に
脇の甘い考えは、
通用しないと思ったからです。

「暑い!」
「のどが渇いた><」
「練習がキツイ・・」

我慢と忍耐。

後にも先にも
中学のバスケット以上に
シンドかったことはありません。

小林先生は
練習で手を抜いたり、
サボったりするのを
極端にきらう方でした。

「所作がなっとらん」

「構えをしっかりせぇ」

「集・散を早よせぇ」

「声を出さんかぁ」

コートで
一生懸命がんばるのは
当たり前で、

それにプラス
所作とか返事とか
人としての部分もかなり
指導していただきました。

そんな小林先生との
忘れられない思い出が、
あるのですが、、

ちょっと長くなりそうなので、
これは次回に持ち越したいと思います。

(つづく)

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考えるバスケットの会 会長 中川直之
学生・社会人で10度の日本一を達成するなかで培った、”考えるバスケット”を全国のさまざまなプレーヤー、コーチに広める活動を行っています。

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2 件のコメント

  • 三度の飯よりバスケ…とまではいきませんが。(食べるの好きなんで(笑))先生のように恐れられつつも、その思いを感じられるような人でありたいなと思います!続き楽しみにしてます!

  • 視聴者からのコメント

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