【其のニ】ふつうの中学生が全国2位になったお話。

mituru2

こんにちは、中川です。

お待たせしました!

ふつうの中学生が全国2位になったお話。
からの続き。

バスケットには時間がかかる

これは小林先生が
常々口にされていた言葉ですが、

中学校のバスケ部を見る、
ということは

ミニバスをやっていた子、
中学からバスケットを始めた子、

さまざまなレベルの子たちの

”足並みを揃える”

ことに一番苦労されるのでは
ないかと思います。

そしてこれには
多くの時間とエネルギーが
必要になるものと思われます。

僕らが中学時代の
ある日の練習でのエピソード、

「バスケットはシュートを
決めんと勝てんぞ!」

10本連続で
シュートを決めるまで
終わらないという
シューティングを
ちょくちょく先生は僕らに課しました。

試合で使う
ミドルシュートを
連続で10本です。

ある程度、時間は掛かりますが、
何とか終えることができました。

そんななか、一人だけ何本打っても
終わらない生徒がいたんですね。

中学から
バスケットを始めた
富永です。

なんとか8本、9本までは
行くものの最後の1本を
どうしても決めることができません。

シュートがリングに
はじかれるたびに
富永は落胆の表情・・・。

まわりの部員の
控えめなため息が
体育館を埋め尽くしました。

「あとはわしに任せろ。」

小林先生の指示で
全体練習は一旦終了。

残りの生徒を全て帰らせ、
小林先生がマンツーマンで
富永のシューティングを
サポートすることとなりました。

外は真っ暗、
山に囲まれた中学の校舎で、
唯一明かりのついた体育館。

一定のリズムで繰り返される、
ステップの音、
シュートをリリースする音、
シュートがゴールネットを揺らす音。

静かな夜の校内に
それが響くのを背中にしながら、
ぼくらは家路につきました。

・・・
・・

「昨日何時まで
シュート練習やったん?」

翌日富永に聞いてみたら、

聞いてビックリ!

なんと夜の0時半まで
シューティングをしたそうです。

小林先生はその間、
黙々と富永のシュートの
リバウンドをし、
パスを出し続けてくれたんだそうです。

ようやく連続10本が
決まったときに先生は一言、

「ちょっと時間がかかったのう」

とだけ添え、

その後
富永を家まで送って
くれたんだそうです。

その時間まで
シューティング練習を
することになった富永とは
今もちょくちょく会って
ご飯を食べに行ったりしていますが、

20年以上たった今でも
このときの小林先生との思い出を
自慢話のように語ってくれます。

「あんとき、マジ緊張して
入らんかったけーねー(笑)」

と毎回同じネタを
嬉しそうに話してくれます。^^

先生は
部員の一人一人に
とても真剣に
向き合ってくださいました。

あのとき
小林先生は

「決めたことをきっちりやる!」

これを僕らに
伝えたかったんだと思います。

途中で諦めたり、
逃げたり、妥協しない。

自分も一緒になって
それを伝えたかったのだと思います。

「子供をそんな時間まで拘束して・・」

と思われた方もいるでしょうが、

あの時代って
そういうのじゃなかったんです。

体裁とかそういうのじゃなく、
もっと大切なものを
大事にしている時代でした。

小林先生のその気持ちを
保護者も理解してくれていました。

あとで聞いたら
職員室から家に連絡も
入れてくれていたようです。

ちなみにこの
中学からバスケットを始めた富永が

あとあと
全国の大一番で値千金の
プレーをします。

正直、シュートフォームは
きれいなものではなかったですが、
試合をつなぐ凄い
仕事をやってのけたのです。

また、その話については
どこかのタイミングで
ご紹介出来たらと思います。

(つづく)

追伸:

富永はその後、
優秀な大学にいき、
今はテレビ局のディレクターを
務めています。

27時間テレビとかも
寝ずに手掛けてて、
テレビの世界って
結構なハードワークらしいのですが、

どれだけシンドくても
最後までやりきる!

このときの経験が
活きていると言っていましたね。
 

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考えるバスケットの会 会長 中川直之
学生・社会人で10度の日本一を達成するなかで培った、”考えるバスケット”を全国のさまざまなプレーヤー、コーチに広める活動を行っています。

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