【あと3時間】尊敬する大学の先輩との思い出

すごく感傷的な話をします。
苦手な方は読まないでください。

中川です、

どうしても・・

今の心境を書き留めて
おきたいと思い、言葉にします。

お時間ある方、読まれてみてください。

・・

4月、
国の一斉自粛によって
バスケの平穏な日常が奪われました。

本来であれば東京五輪も控え、
バスケ界(スポーツ界)は
絶頂期だったように思います。

コロナ禍は、
僕らバスケ人から
さまざまなものを奪っていきました。

関東など、
未だ練習がままならない
地域もたくさんあります。

この半年間は、
なんだかモヤモヤと拓けない感じの
閉塞感とストレスと葛藤の中、
僕らはバスケ人生を生きることとなりました。

そんな中、

(少しでも前を向ける材料を)

ということで、、

”家でも出来る”自主練企画を
2回に渡ってお届けさせていただきました。

たくさんの方に喜んでいただき、
本当に嬉しく思います。

ただ、、、、

コロナ禍の裏で
4月、とても悲しい出来事がありました。

志村けんさんなど
著名な方の訃報に触れ、

死生観がガンガンに揺らいでいた
あの時期に・・

実はもっと身近な存在の
訃報に触れ、涙を流していました。

大学バスケ部の2個上の先輩が
病気で亡くなられたのです。

まだ39歳でした。

久々に泣きました。

色んな先輩がいるけれど、

僕にとって、
その先輩は人生の兄貴でした。

過去メルマガで書きましたかね、、、

ちょっと長くなりますが、

先輩との関係から
話をさせてください…..

・・

僕ら専修大バスケ部には、
人生の登竜門と言われている、
ある居酒屋バイトがあるんです。

スキンヘッドに髭をたくわえた
見た目が完全そっち系の
強面のマスターと二人で回すお店です。

そのお店、

バスケ部の中では
”人生の鍛錬・修行の場”

という位置づけで、
代々継承されていました。

「おい!何やってんだ!」
「トロトロやってんじゃねーぞ」
「てめー、お客さんの何を見てたんだ!」

むちゃくちゃ厳しいのです。

毎回のバイトで
めったくそに怒られます。

商売に対するプロ意識が半端なく、

そんなマスターのもとで
毎回むちゃくちゃ怒られ、

ときに圧倒的理不尽のなか、、、

朝の5時までバイトの業務を
こなしていました。

マスターの
仕事場での熱量や
接客への基準値が
とにかく半端ない。

今でこそ僕も会社をやっているので、
気持ちが凄く分かります。

「いやいや、
あまりにも理不尽だろ!?」

と当時思ったことも、
今ならむちゃくちゃ理解できます。

お客さまあっての商売だし、

ビジネスは結果が全てだし、

一代で経営をやることの大変さは、

本当に本当に、痛いほど分かります。

あのとき商売の基礎を
教わっていなければ、

今の僕は絶対にないと思います。

大学3年から卒業まで
そこでバイトを務めましたが、

まだまだ青二才のときに、

命をかけて仕事をする大人の
基準に触れられたことは、

僕の人生にとって
本当に大きかったです。

・・

で、、、、

前置きが長くなり、
すみません。。

そのバイトに勧誘してくれたのが、
その先輩だったんです。

しかも先輩は、

代々受け継がれてきた
歴代スタッフの中でも、

「圧倒的に仕事ができる!」

とマスターをして
そう言わせしめたのが、

その先輩なんです。

石川出身のその先輩は、

高校2年と3年のウィンターカップで
2年連続ダンク王になっています。

仕事がマジできる、気遣いの塊。

バスケ部内でも
話題になるぐらい優秀でした。

「ナオ、お前も●●を見習え!」

マスターから
何度言われたことか。

その先輩、
大手ホテル会社に就職し、
圧倒的な成果を上げ、
異例のスピードで昇進していきました。

相変わらずヤベーと
いつも感心させられていました。

何て言うんでしょう、、

生きる力が強い。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

男として
本当に尊敬していました。

・・

そんな先輩から、
むちゃくちゃ怒られたことがあるんです。

それも社会人になってから。

かなりキツイ言葉で怒られました。

そのとき言われた一言が、

「おめーのやりたいことって何なんだよ!」

です。

何があったかと言うと・・

後輩の結婚式二次会で、、、

僕がこんな話を持ちかけたのです…..

「●●さん
自分、会社辞めようと思うんです・・」

先輩は僕の目を真っすぐ見て
話の続きを聞いてくれました…

「今の仕事は自分が
本当にやりたいことじゃない気がするんです。

何かもっとこうー、

自分の持ってる何かを
分かりやすく届けていくような・・・

そんな仕事がしたいんです」

かなりフワフワしたことを
話していたと思います。

その言葉を発してる最中でしたね・・・

こちらの言葉を遮るように

「おめーのやりたいことって何なんだよ!」

が飛んできました。

その後、
併せて言われたのが、

「舐めたこと言ってんじゃねーよ!」

「目の前のことも頑張れねーやつが
偉そうに言ってんじゃねー」

…ぐうの音も出ませんでした。

筋が通っている先輩の言葉に
何も言えない自分が、

一人の男として
本当に悔しかったです。

先輩に言われたその言葉、

僕は一生忘れられないんです。

自分の中で、その後
何度も思い返すぐらい悔しくて、、、

絶対にもっと
しっかりした形で
あの時の続きをお話したいと
思っていました。

そして、その後、
務めていた会社を辞め、
今の自分があります。

・・

僕がバスケットの会社を
やり始めたとき、

先輩にすぐに報告しました。

「おめでとう!」
と言ってもらえると思ったら、

早速申し込みをしてくださいました。

(先輩はそういう人なんです。)

一度お子さんのチームに
クリニックしたことがあります。

いつも気を遣ってくれる、
本当に優しくて大好きな先輩でした。

・・

その先輩が4月、

病気で亡くなったのです。

3月には出版のお祝いで
メッセージも頂いたばかりでした。

(僕の本も買ってくださったようです)

「●●さんが亡くなった・・!?」

もーう、泣きました。

大学時代のこととか、

卒業後のこととか、

色んな出来事がフラッシュバックしてきて、

正直、一時期
仕事が全く手につかなくなりました。

自分ヤワで、ほんとダメですね。

先輩からまた怒られるやつです。

・・

こんなふうに
忘れられない思い出と

かけがえのないものを
与えてくれた先輩との別れは、

今も本当に悲しいですし、

ふとしたときに先輩の顔が
頭に浮かび、
色々と考えさせられます。

ですが、、、

いつまでも下を向いていては
いけません。

この世に残された身として

(自分の人生を精一杯生きよう)

先輩の分まで・・
とか、そんな偉そうなことは言いません。

今ある自分の役割と責任を
しっかり全うしたいと思います

「おめーのやりたいことって何なんだよ!」

もし今、同じことを
先輩に言われたらこう答えます。

「バスケットで
世の中の役に立つことです。」

ぜひこれからも
天国から見守っていてくださると
嬉しいです。

先輩、今まで本当にありがとうございました。

先輩との思い出は一生忘れません。

・・

書いてて涙が出てきました。

とっても
感傷的な話となり、
申し訳ありません。

ただ、
このコロナの時期にあった出来事を
どうしても書き留めておきたく、
言葉にさせていただきました。

ここまでお付き合いいただき、
ありがとうございました。

・・

さて、、、、

今回コロナの中でも、
皆さまのお役に立てたらと

この時期のお役に立てるような
自主練動画を力を込めて作らせていただきました。

良ければ、
ご覧になられてみてください。
https://bit.ly/2Z0o7Vd

いつも僕を必要としてくださる皆さま、

支えていただき、力をくださる皆さま、
本当にありがとうございます。

これからも
下を向かずに前を向き、
一緒にチャレンジを積み上げていきましょう。

それでは
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

中川直之

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考えるバスケットの会 会長 中川直之
学生・社会人で10度の日本一を達成するなかで培った、”考えるバスケット”を全国のさまざまなプレーヤー、コーチに広める活動を行っています。

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