人と比べられて
苦しんでいるあなたへ。
ぜひ読んで欲しいと思います。
こんにちは、中川です。
第1話、第2話、第3話、第4話からの続き。
「その人はその人らしく」
僕のバスケ観、指導観の
ベースになっているのは、
この考え。
それは、
人とは違う特殊なバックボーンに
拠るものです。
僕は
バスケット選手としての
能力は高くはありません。
身長、スピード、ジャンプ力、シュート力・・
どれもが普通だし、
子供のころは
「力がない・・」と言われ
コンプレックスの塊でした。
今から36年前、
双子でこの世に
生を授かったのですが
さいしょの3カ月は保育器の中。
弟と生まれたときから
体重が1キロも違い、
自力で自分の人生を
スタートすることが出来ませんでした。
(当時のコトバでいう未熟児でした。)
それ以降、
いつも僕より体のデカイ
双子の弟に比較され、
挫折ばかりのバスケット人生。
昔から僕らを
知る人はご存知かと思いますが、
弟の和之って
むちゃくちゃバスケが上手いんです。
(じぶんの弟をなんかヘンですけど・・^^;)
和之のこれまでのキャリアを
見て頂ければ、ご理解頂けると思います。
ジュニアオールスター優秀選手賞
全中優秀選手賞
インターハイ得点王(個人総得点)
関東大学新人戦MVP
関東大学選手権MVP
京王電鉄杯10大学フェスティバルMVP
関東大学リーグ戦優秀選手賞
インカレ敢闘賞・優秀選手賞
日本男子学生選抜大会敢闘賞
日韓学生競技大会日本代表
ユニバーシアード日本代表
ジョーンズカップ日本代表
ABA Harlem Strong Dogs 入団
ABAオールスターに選出(日本人史上唯一)
USBL Brooklyn Kings 入団 準優勝
bj-league高松ファイブアローズ 準優勝
bj-league高松オールスター選出
bj-league ライジング福岡 ファイナル4
JBL 三菱電機時代オールスター選出
NBLつくばロボッツ
Bリーグアースフレンズ東京Z
こんな双子の弟を抱える双子の兄。
これが僕のもう一つの側面です。
それで、、、
ちょっと
あなたに想像して
いただきたいのですが、
バスケが上手い双子の弟を持ったら
~~~~~~~~~~~~~~~~
何が起こるか分かりますか?
~~~~~~~~~~~~~~
ちょっと考えてみて下さい。
・・・・。
・・・・。
・・・・。
続けますね。
・・
・
きほん顔が似ている
双子の兄弟というのは
何かで違いをつくって
表現される傾向にあります。
「~~なほうが○○。
そうじゃないほうが●●。」
だいたいこのフレーズに
当て込まれ、
表現されることが多いです。
これは双子として
生まれてきた者の
宿命なのですが、
双子は絶対比較されます!
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バスケットで
常にぼくの
一歩二歩三歩先を行く弟和之。
アニメ『タッチ』でいうとこの
弟が和也で
僕が達也。
「バスケットが
上手いほうが和。
下手なほうが直。」
これを大学まで僕は
ずっと言われ続けてきたわけです。
(耳にしたくなくても聞こえてくるのです**)
バスケットを始めて22歳まで
自分はずっと和之より劣るほう。
『カズじゃないほう』として
バスケット人生を生きてきました。
バスケットが
スペシャルに上手い
双子の弟を持つ双子の兄。
自分はこのポジション特有の
挫折体験というものを
本当に多くしてきました。
だいぶ記憶から
消し去ったものもありますが、^^;
「兄貴はヘタ過ぎて話にならねー」
「あれ、今日上手いほうは来てないの?」
「なんで下手な方が4番つけてるの?」
「兄貴は下手なんだからもうバスケ諦めろ」
「全く同じ兄弟に見えないな」
…こうゆう類のことを
プレーヤー人生の中で
言われ続けてきました。
僕よりバスケが上手い
弟和之との相対評価のなかで
バスケット人生を生きてきたのです。
「気にしてもしょうがない。」
比較される相手が
スゴ過ぎるんだから・・・
単純に「和之すごいな!」と思っていたし、
誰よりも和之を応援してきた自負もある。
ただ、
誰にも言えなかったけれど
やはり苦しかったです。
双子の弟に比べて
力がなく、バスケットが下手だったから
自分に出来ることを
必死に考え、
プレーヤーとしての
存在意義を探し続けてきました。
自分の中に見出したのは
人を活かすプレー、
パスでした。
~~~~~~
力のない僕だから
点が取れる双子の弟にはかなわない。
僕の生きる道は
誰よりもまわりを理解し、
仲間を活かす、パスでした。
「双子の見分け方は・・・??」
「ん?下手なほうがナオの方。」
これを大学卒業まで
ずっと言われ続けてきた僕なので、
誰よりも
痛みが分かるし、
伝えられることがあると思っています。
「困っている人を助けてあげたい・・」
会いに行くコーチとして
日本中の子どもたちのもとへ
バスケット指導で
走り続けた一番の理由は
一人でも多く、
昔の僕のような子を
救ってあげたいと思ったからです。
口コミが拡がり、
全国各地からお声を頂くようになって
それこそ
100人規模のクリニックなどで
講師をさせて頂く中でも、
たった一人の女の子のために
離島へバスケット指導をしに行ったのは
昔の僕のような子を
一人でも多く救ってあげたいと
思ったからです。
「大丈夫、
これからどんどん上手くなるよ!」
心の底からそれを
メッセージしたいと思いました。
誰かとの比較のなかで、
自分を苦しくしている子どもがいたら、
「あなたはあなたらしく」
で良い。
と全力で励まして
あげたいんです。
人とは違う特殊な
バックボーンを持つ僕だからこそ
僕にしか救えない人が
いるんじゃないかと思っています。
これからも
勇気を挫かれている子たちのもとへ
回っていきたいと思います。
次回、
スリリングでエキサイティングな
人生。
指導していく中で
たくさんの出会いがありました。
描いたことがカタチになる瞬間。
奇跡のような
体験をあなたにも
シェアしたいと思います。
(続く)





















