全スポーツで競技人口が一番多いバスケットボール。
世界中で4億5000万人以上がプレーしている、絶大な人気を誇るスポーツです。
みなさんはバスケがどのようにして生まれたか知っていますか?
今回の記事は、バスケの歴史について紹介していきます。
いつどこで考案されたのか、ゴールやボールはどのようなものだったのか、今と昔のルールの違いなど、歴史を知ればさらにバスケを楽しめますよ!
それでは、詳しく解説していきますので、ぜひ最後まで読んでみてくださいね。
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このページでお伝えすること
1. 【起源&発祥地】バスケットボールのはじまりを紹介!
1890年頃、アメリカのメジャーなスポーツといえば、フットボールやベースボールといった屋外の競技。
雪がグラウンドに積もるオフシーズンの冬に、何か体育館で出来るスポーツはないかと、様々な競技を参考に新しい屋内競技が検討されていました。
そして1891年、アメリカの国際YMCAトレーニングスクールのジェームズ・ネイスミス教授によって新しいスポーツが考案されたのです。
それは、体育館の両端の高い位置に籠を取り付け、2チームに分かれて1つのボールを籠に投げ入れあうというもの。
その競技は、籠(バスケット)にボールを入れることから「バスケットボール」と名付けられました。
翌年、バスケットボールは13のルールが作られ、全米のYMCAでプレーされるようになります。
スタートしてからすぐに、バスケットボールの楽しさは多くのプレーヤーを魅了し、世界各地へと広がっていったのです。
2. 【ゴールの歴史】バスケットボールゴールの遍歴を紹介!
考案された当時のバスケットボールは、たまたま倉庫にあった「サッカーボール」と「桃を入れる籠」が使われていました。
考案者のネイスミス教授が「この高さであれば誰も手が届かないだろう」と、籠を体育館のバルコニーに設置した高さが10フィート(305cm)。
このゴールの高さは、当時のまま現在のルールでも受け継がれています。
桃の籠を使ったゴールでのバスケは、ボールが入って得点になると、はしごを使ってボールを取り出してゲーム再開という方法がとられていました。
ですが、ボールを取り出すのに手間がかかることや籠が壊れやすいということから、ゴールは金属製の円筒形のものが使われるようになります。
現在のようなリングにネットという形になったのは1912年頃だそうです。
ゴールの内径45cmというのも、桃の籠の大きさから現在まで変わらない規定なんですよ。
バスケットボールの人気が高まり、白熱した戦いが繰り広げられるようになると、体育館には沢山の観客が集まるようになりました。
すると、観客が体育館のバルコニーから手や足を伸ばして、得点の邪魔をするということが起きるようになってしまいます。
このような観客の妨害を防止するために作られたのがバックボード。
当初は金網や木の板が使われていたようですが、観客から見えにくいということで、後に透明なプラスチックの板が使われるようになります。
その後も細かな改良が行われてきたゴールですが、1990年代にはNBAのリングの機能に変更を余儀なくされます。
1992年にNBAデビューした「シャキール・オニール」の激しいダンクにより、公式戦で2度もゴールが破壊されるということが起きたのです。
幸い怪我人はいませんでしたが、これにより、リングとボードを繋ぐ部分に衝撃を吸収するショックアブソーバーが付けられました。
3. 【ルールの歴史】バスケットボールルールの遍歴を紹介!
新しい競技として全米のYMCAに広めるため、ネイスミス教授は13のルールを作りました。
今のバスケと大きく違う点は、ボールの移動はパスだけということ。
ドリブルで移動という概念は当時存在しなかったのです。
ドリブルが無いということは、パスを受けた場所からは動けず、ボールを持ったその場所からしかパスができないということになります。
ただし、走りながらパスを受けるときにスピードが出ていた場合は、止まろうと努力していれば1歩か2歩は許されることもある、とされていました。
このルールが進化したものが、現在のトラベリングの規定というわけですね。
より楽しいスポーツにするため、初めに作られた13のルールを工夫・改良しながら、現在のルールは約250にもなります。
昔 | 今 | |
得点 |
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反則(ファウル) |
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試合時間 |
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(クォーターの時間はカテゴリによって異なる) |
休憩時間 |
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Bリーグの場合
(カテゴリによって異なる) |
人数 |
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Bリーグの場合
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コート |
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①得点
今 : フィールドゴール2点・スリーポイントシュート3点・フリースロー1点
得点については、現在の点数になるまで試行錯誤があったようです。
はじめはシュート成功で1点が加算、それに加え相手のファウルを3回連続で受けると1点加算されるというものでした。
この方式だとファウルをたくさん受ければ得点になるため、わざとファウルを受けるようなプレーが増えてしまったのです。
これでは「シュートを決めて得点を競う」というゲームの本質からズレて、楽しさは半減してしまいます。
そこで、シュート成功で3点、ファウル1つで1点加算という方式に変更されました。
しかし今度は、得点が一気に3倍にもなったことにプレーヤーから不満の声が集まるようになります。
どうすればよりゲームを楽しめるのか検討を重ねた結果、1902年頃に現在の「1ゴール2点」という形になったのです。
ファウルについても、受けただけで1点ではなくフリースローの権利を与え、成功したら1点加算という風に変更されました。
スリーポイントシュートは、1961年にアメリカの男子プロリーグで取り入れられましたが、国際的な公式ルールとなったのは1984年のこと。
このように、得点については何度も変更されて現在の形になっています。
②反則(ファウル)
今 : 体の不当な接触や、 スポーツマンシップに反する違反がファウル
はじめは違反の全てがファウルという扱いでした。
現在のように押したり叩いたりといった、不当な体の接触がファウルになるのはもちろん、ボールを持って歩いてしまうのもファウル。
連続で3回ファウルをすると相手に1点が加算されてしまいます。
そして、プレーヤーは2回ファウルを行うと、次のゴールが決まるまで退場という罰則が与えられました。
故意に相手を傷つけるような悪質なファウルについては、試合終了まで退場ということも。
現在もスポーツマンシップに反したプレーは退場になるケースがあります。
悪質な言動や行為、危険なプレーなど(テクニカルファウル・アンスポーツマンライクファウル)については累計2回で退場に。
最も悪質なもの(ディスクォリファイングファウル)は1発退場です。
プレーヤーの安全を守るために細かいルールがたくさん追加されきていますが、ファウルに関する考え方そのものは、考案された当初から変わっていません。
ラフプレーを排除するため違反の罰則は当時から厳しいものだったようです。
③試合時間
今 : 10分4クォーター
試合時間は、15分の前後半を行うものでした。
現在は10分のクォーターを4回行う形になっていますが、このルールが採用されるようになったのは2000年からです。
それまでは20分前後半のハーフ制でしたが、シドニーオリンピックが行われるタイミングで国際ルールが変更になったのです。
日本のバスケも2001年からクォーター制を導入。
この試合時間の変更は、非常に大きなルール変更でした。
大人気バスケ漫画「スラムダンク」の中では、試合は20分ハーフで行われています。
これは、連載されていた期間が2000年より以前だったから。
2000年以降に連載が始まった「黒子のバスケ」や「あひるの空」といった作品では、試合はクォーター制になっています。
描かれた時代によって試合時間も変わってますので、気にして読んでみると面白いですね。
各クォーターの時間については、カテゴリによって異なっています。
国際ルール : 10分
Bリーグ : 10分
高校生 : 10分
中学生 : 8分
小学生(ミニバス) : 6分
④休憩時間
今 : 1Qと2Q・3Qと4Qの間は2分、2Qと3Qの間は20分(Bリーグ)
考案された当初は15分の前後半の間に5分間のハーフタイムが設定されていました。
現在は10分のクォーター制ですが、1Q・2Qを前半、3Q・4Qを後半としています。
前後半とも各クォーター間は2分のインターバル、試合の真ん中の2Qと3Qの間は20分のハーフタイムが設けられています。
NBAやBリーグでは、ハーフタイムの時間を使って様々なイベントが行われており、「ハーフタイムショー」は観戦の楽しみのひとつです。
この休憩時間についても各カテゴリで異なる時間設定になっています。
1Q・2Q、3Q・4Qの間 (インターバル) |
2Q・3Qの間 (ハーフタイム) |
|
NBA | 2分10秒 | 15分 |
国際ルール | 2分 | 15分 |
Bリーグ | 2分 | 20分 |
高校生 | 2分 | 10分 |
中学生 | 2分 | |
小学生(ミニバス) | 1分 | 5分 |
基本的には表の通りになりますが、大会によって異なる場合もありますので注意してくださいね。
⑤人数
今 : 5人 対 5人
初めのころは基本的に9対9で行われていました。
これは、国際YMCAトレーニングスクールの学生18人を半分に分けて、9対9で初めての試合を行ったからです。
コートの広さによっては5対5、7対7ということもあったようですが、ネイスミス教授が作成した13のルールにプレーヤー人数の決まりはありませんでした。
人数制限が無かった当時、アメリカのコーネル大学では50人対50人の試合が行われたこともあるそうです。
一見「ネタ」のような話ですが、本当にあった話なんですよ!
この試合については「体育館が壊されかねない」と担任が話したとのことで、バスケの歴史の逸話となっています。
プレーヤー人数が現在のように5対5になったのは1897年のこと。
それ以来、コート上のプレーヤー人数に関するルールは変更がありません。
⑥コート
今 : 15m × 28m
数字を見てもわかる通り、考案された頃は現在のハーフコートよりも狭い範囲でプレーされていました。
これは、当時の体育館の特徴によるものといわれています。
元々、体育館は体操をメインに使用する施設だったことから、大型の体操器具などが置かれていて、他のスポーツを行えるような広いスペースが無かったようです。
その後、大きな体育館が建設されたり、バスケ人気によって広いスペースが確保できるようになると、コートサイズは少しずつ変わっていきます。
そして1897年になると、現在とほぼ同じコートサイズになり、プレーヤー人数も5対5に決められました。
以降はスリーポイントシュートの導入やペイントエリアの形状変更などによって、コート内のラインの追加や変更が行われていきます。
コートの詳細については別記事を参考にしてみてください!
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4. 【オリンピック】バスケはいつからオリンピック競技になった?
バスケットボールは始まった当初から人気が高く、すぐにアメリカ国内の各地でプレーされるようになりました。
その後、YMCAを通じて世界各国に急速に拡大していきます。
1908年になると、YMCA訓練校を卒業した大森兵蔵氏によって日本にも紹介され、日本国内でもどんどん普及していきました。
全世界でバスケの人気が高くなり、1904年のセントルイスオリンピックではデモンストレーションスポーツとして試合が行われることに。
1924年のオリンピックまで公開競技として実施されました。
そして、男子が1936年ベルリン、女子が1976年モントリオールから、オリンピックの正式競技となったのです。
現在まで、バスケのオリンピックでの金メダル数は、男女ともに発祥国アメリカが第1位となっています。
これまでのオリンピックで特に注目されたのは、1992年バルセロナオリンピック。
アメリカのドリームチームは、マイケル・ジョーダンをはじめ当時のNBAスーパースターたちで結成されました。
その圧倒的な強さは正に「夢のチーム」であり、アメリカのバスケの強さを改めて世界中に知らせることになったのです。
5. 【ユニフォーム&シューズ】バスケグッズの歴史を紹介!
ユニフォームやシューズといった、バスケで身につけるものもだいぶ変わってきています。
昔と今のバスケグッズを比較しながら紹介していきましょう。
①ユニフォーム
考案当時は運動着で行われており、決まったユニフォームの規定は見つかりませんでした。
新しい競技として各地に広がっていく中で、動きやすいタンクトップと短パンという基本のスタイルが出来ていったようです。
NBAの歴史で見ていくと、3つの世代に分かれていることがわかります。
1980年頃まで
体にフィットするタンクトップに、太ももの上部までの短い短パン、そしてハイソックスというのがバスケの定番スタイルでした。
1990年代から2000年頃まで
1990年代は少しずつパンツが長くなり、膝上くらいにまでになります。
ハイソックスを履く選手はいなくなり、ショート丈のソックスが主流でした。
その後、ストリートバスケ人気の影響もあり、オーバーサイズのユニフォームが多く見られるようになりました。
特に、アレン・アイバーソンが活躍した2000年代は、各カテゴリでダボついたユニフォームが流行りましたね。
2015年以降
2015年のユニフォーム規定変更により、パンツは膝上のもの以外は履けなくなりました。
それにより、ダボついたユニフォームは無くなり、パンツも短くなっています。
ソックスは、ふくらはぎの中間ほどまでの長さが主流ですね。
2020年現在のNBAでは、昔ほどではありませんが、膝上よりもさらに短いパンツを着用する選手も登場しています。
シカゴ・ブルズ全盛期、1997年頃のユニフォームサイズに近くなっているように思います。
ユニフォームもルールや流行で少しずつ変化してきました。
どの時代もそれぞれに、プレーヤーに合ったカッコ良いスタイルですよね。
②シューズ
バスケットボールでは、滑りにくく、着地の衝撃を吸収してくれて、安定した動きを実現できるシューズが求められていました。
様々な試行錯誤を繰り返し、1917年にアメリカのスポーツブランド「コンバース」が、船の帆のキャンバス素材を使った専用シューズを販売。
これが世界で初めてのバスケットボール専用シューズになります。
世界初のバッシュ「キャンバスオールスター」は多くのプレーヤーの支持を受け、瞬く間にバッシュの主流となり、全世界にその名を轟かせました。
その後は各ブランドがバスケットシューズの開発を始め、それぞれ特徴を持ったバッシュが発表されていきます。
布製のバッシュは皮製のものに進化し、様々な種類の機能が搭載されるようになりました。
その歴史の中でも特に有名なのが、衝撃を吸収するAIR(エア)を搭載した「ナイキ」のバッシュではないでしょうか。
契約するマイケル・ジョーダン専用に開発された「エア・ジョーダン」は、最新鋭の機能とデザインで一気に脚光を浴びました。
過去のバッシュを見てみても、新作の発表のたびに全世界に衝撃が走ったシューズは他にありません。
特に5作目となる「エア・ジョーダン 5」は超プレミアとなり、シューズをめぐって殺人事件が発生してしまったほどです。
それ以来、バスケの人気にあわせて、シューズの人気も注目度も高くなりました。
現在も進化を続けるバスケットシューズは、毎シーズン機能的にもデザイン的にも優れたものが発表されています。
ぜひ自分のスタイルに合ったバッシュを見つけてみてくださいね!
6. 【書籍】バスケの歴史について詳しく紹介している書籍はこちら!
バスケの歴史に関する本はたくさんありますが、その中でもおすすめの本を紹介しましょう。
・価格:1,870円(税込)
バスケの起源や発展の歴史、日本でのバスケの普及、現代バスケの流れなど、詳しく解説がされています。
バスケの歴史を学ぶ上で欠かせない1冊です。
知れば知るほど面白いバスケ。
もっとバスケを知りたいという方はぜひ読んでみてくださいね!
まとめ
今回の記事ではバスケの歴史について解説してきました。
考案されてから約130年になりますが、ゴールの高さやリングの大きさなど、作られた当時のまま変わらないというのも驚きですよね。
バスケットボールは誕生してすぐに大人気スポーツとして広がっていきました。
現在では北米4大プロスポーツのひとつとして絶大な人気を得ています。
そして、バスケの全世界競技人口は4億5000万人で、数あるスポーツの中で第1位の人数。
2位のサッカーは2億5000万人ですので、バスケの競技人口はダントツで1位なんですよ。
この人気は、考案された当初から「どうすればより楽しめるか」「より安全に行うにはどうすればよいのか」を徹底してきた結果ではないでしょうか。
初めに作られた13のルールを改良しながら、現在は250ものルールが設けられています。
そして、今でもバスケのルールは毎年のように細部が修正されているのです。
ここまでルールが変わるスポーツは他にありませんよね。
現代でもプレーヤーと観客が今まで以上に楽しめるよう進化を続けるバスケ。
記事では紹介しきれなかったエピソードがまだまだたくさんあります。
興味を持った方は、これを機会にバスケの歴史を深く学んでみてはいかがでしょうか?
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