おれのバスケ人生マジで終わった・・・

ball

こんにちは、中川です。

バスケで
高みを目指すのが
大好きで、

そのための努力や
競い合うことをいとわず、

もはやアイデンティティの一部
と言っていいぐらい、

バスケが
上手くいけば人生ハッピーだし、

逆に上手くいかなければ、
ご飯の味がマズくなり・・
若干不機嫌になり、元気もなくなる。

それぐらいに
バスケが大好きで
自分の人生の中心で、

ヤバいぐらいにアツく真剣に
バスケに打ち込んでいた時期がありました。

社会人時代の最初のほうです。

ちょっと今日は
自分の暑苦しい
昔話をしたいと思います。

・・

自分は学生を引退後、
福岡の実業団チームに入りました。

子どもから学生まで
やってきたバスケットを

社会人になっても
続けられるところに
行きたかったからです。

ただ、、、、

実業団といっても
当時、自分が入ったチームの状況は、、

愛好会に毛が生えたような
ゆるゆるのチーム。。

全国大会に
一度も出たことがなく、
地区予選でいつも敗退。

高校生チームとやっても
かなりの点差で負けていたとか・・・

それぐらいに、、、

(・・・。)

これ以上は
口をつぐみます。

おれのバスケ人生マジで終わった・・

コトバは悪いですが、

入部する前、
一度見学させてもらったときに
正直これを思いました。

(学生だったのでご容赦下さい><)

大学4年の天皇杯。
学生として臨める最後の大会で

トヨタ自動車に負け、
かんぜんに引退が決まった時は
思わず涙がこぼれて来ました。

普段じぶんは
人前で涙を流すことはないのですが、、

あの時ばかりはもう、、、

ほんとに自分のバスケット人生が
終わったのだと思って
とても悲しくなったからです。

小学4年から
一生懸命バスケットに打ち込んできて

日が暮れてもシュート打ったり
泥まみれになりながら
弟と1on1やったり。

中学では水も飲めず
苦しい練習ばかりだったけど
おかげで全国の決勝まで行かせて頂き、

高校でも地元の強豪校で
鍛えてもらって何度も全国に出させてもらった。

関東に進学しての大学時代は
メンバーにも恵まれ
悲願の日本一も達成できた!

子どもから学生まで
全速力で駆け抜けてきたバスケット。

毎日チャレンジし、
毎日飽きずに
そのことばっか考えて

どうやったら上手くなれるか。
どうやったら日本一になれるか。

本気で考え
情熱を注いで向き合ってきたバスケット。

人生のほとんどを捧げてきたし

自分にとって
かけがえのない人生の一部。

その、
バスケットで
もう、高みを目指すのはこれでおしまい。

大学4年の
天皇杯後、

その事実を受け入れるのに
かなりの時間がかかりました。

「もう僕はバスケット終了です。」

色々な方にこれを伝え、
福岡に飛び立ったのです。

当時の自分の入った
実業団チーム。

言い方は悪いですが、、、、

ゲートボールをやるような
テンションでバスケットを
している雰囲気でした。

(学生上がりの当時の率直な感想です。
ご容赦下さい><)

8歳から15年間
一緒にプレーしてきた双子の弟は
大学を終え、そのまま渡米。

NBAというとんでもない
目標を掲げて異国の地へ飛び立って行きました。

かたや自分は
愛好会。。。

色んな意味で
現実を受け入れるのに時間がかかりました。

・・

ではなぜ、自分が福岡の
このチームに入ったのか。

それは、
大学の一つ上のせんぱい、
平山稔さんと言う方の影響でした。

平山さんは
大学時代こそケガに泣いたものの、

福岡の名門福大付属大濠高校の
押しも押されもせぬ絶対的エースであり
チームのムードメーカーでありキャプテン。
(インターハイでは得点ランキング2位!)

スーパー特待で専修大に進学するも
入部直後にまさかの膝の前十字靭帯断裂。

その後
鳴かず飛ばずの4年間を送ることになってしまったけど、
僕は大好きな先輩でした。
(てか、まわりのレベルも高すぎたTT)

在学中は地元が
近いということもあり、
(自分が下関、平山さんが福岡)

平山さんにだいぶ
可愛がってもらいました。

一緒に食事に行ったり、
映画も観に行ったりしてました。
(どんだけ! 笑)

平山さんの
後を追うように
入部を決めた実業団チーム。

入社を待たずに
参加した初練習で

平山さんとコートで
久々の再会を果たしました。

高校時代から憧れ、
大学時代は
同じ釜の飯を食べ、苦楽を共にしてきた平山さん。

その、、、
社会人プレーヤーとしての
平山さんをコートで目の当たりにしたときに、ちょっとコトバを失ってしまったのです。。

なんと
社会人2年目の
平山さんの身体が・・

体重10kg増加。
首の下には肉がついてる
動きはノロノロ。
止まって見えるぐらいに劣化。

さらに衝撃だったのが、、
本人が全くそれを悪びれることもなく
受け入れてしまっているのです。

久々に練習で1on1をしたら
平山さん、バランスを崩してコケちゃいました・・・
(マラソンの谷口ですか!)

つまり、
かなりの劣えようだったのです。

「1年でこんなになっちゃうんだ・・」

仕事をしながらバスケット。
~~~~~~~~~~~~~~

これが想像以上に
キビシイ世界なのだということを
平山さんをみて痛感したのが
そのときでした。

(つづく)

(★2話はこちらから↓↓)
http://考えるバスケットの会/episode2

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考えるバスケットの会 会長 中川直之
学生・社会人で10度の日本一を達成するなかで培った、”考えるバスケット”を全国のさまざまなプレーヤー、コーチに広める活動を行っています。

視聴者からのコメント

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6 件のコメント

  • ゲートボールをやるような雰囲気でバスケを楽しむ方もいます。一生懸命やっている人が一番バスケ好き、というわけではありません。

    • はるさん

      間違いないっすね!^^
      これは僕の暑苦しい昔話です。
      引き続きよろしくお願い致します!

  • ぼくも学生後は社会人バスケで
    ひたすら自分の為に貪欲に馬鹿みたいにバスケばかりしてました!
    今は小学生の指導とバスケ教室を開いていますが、
    こんなに楽しいスポーツをたくさんの子どもに知ってもらい楽しんでもらいたいと思っています。
    高いレベルを経験したからこそ見えた世界や
    感じた事を是非教えてもらいたいです^^

    • おかさん

      メッセージありがとうございます!^^
      色々自分の見たり感じたことをお伝えしていきますね。

      次回以降も楽しみにしていて下さい!

  • 視聴者からのコメント

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